SSブログ
Personal ブログトップ
前の10件 | -

部屋の整備 [Personal]

7年ぶりに職場異動
異動に伴い、少しずつ仕事を積み重ねている

しかし、まだ仕事場の部屋が新装オープンなため、環境整備を平行に行っている
部屋はリニューアルした部屋で、きれいで、なにより眺めがよいことに満足している

DSC00669-1.JPG

机と椅子はあったが、それ以外はないので、必要となった時点で購入し、そろえている
コンピュータはデスクの上では、配線がきれいに片付かないので
やはり、パソコンディスクを使用することにした

予算も決まっているので、、どこかに使用していないものがないかと探したところ
前教授が使用していたものがあった

DSC00652-1.JPG

昔、医局のコンピュータ係をやっていたので、前教授の部屋で、このパソコンディスクに載ったコンピュータの調整をよくやったのを思い出した

非常に懐かしく、速攻でこれをいただいた
実は、前教授の手術用ルーペもいただいており
これで、私の思い出は2個目となる

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

クレジットカード [Personal]

今朝、なにげなく財布をみたらクレジットカードが一枚なかった
財布はあるのだが、カードだけ1枚ないのである

おかしい

なにか支払いをして、カードを受け取らなかったとか
そんなことないなあ

最後に購入した物は............

めがねである
高価な買い物をしたのだが

いろいろ考え、ハタと思いついた

ガソリンスタンドである
セルフのガソリンスタンドで、安価であった(133円/㍑)ので利用
確か、いつも利用しているガソリンスタンドよりカードの返却が遅いなあと感じていた

いつもは、最初に挿入し、すぐ返ってくるものが
給油終了後返ってくるシステムだったようだ

カードで、他人がどんどん給油していたら怖いですね
カード会社に連絡したら
ガソリンスタンドから拾得届けが出ていました

一安心

みなさん気をつけましょう

でも、秋田は良いひとが多いのか
ここのガソリンスタンドではこういった事例が多いのか

考えさせられます

IMG_1555.JPG
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:健康

めがね [Personal]

昨日、めがねを買いに行った

めがねは、高校生の頃から使用
近視と強い乱視のため
コンタクトも考えたが
仕事柄、めがねの方がよいと思い
現在に至る

仕事でめがねがずれるのがいやで、「アイメトリクス」を愛用している
今回わかったのだが、以前作成したのが14年前だった
これは、顔面を84カ所計測して、自分の顔にフィットしたものを
オーダーメイドするもの

視力はほとんど変わりないのだが、顔の形が変わったのか
(14年前と比較すると15kg体重は増加している)
めがねが合わず、耳が痛くなったり
眼精疲労あったり

今回、思い切って新しく買い換えることにした
視力はほとんど変わりないが
調節障害(いわゆる老眼)が始まってきた

店員さんは、「今のめがねは遠くをみるための物ですね」
「近くを見るときに疲れませんか?近くを見ても疲れない両用めがねにしませんか?」
勿論、遠近両用めがねのことである

巧みな説明によって
総計18万円を支払った

14年前に作成したときは、11万円くらいであったが
かなり高価な買い物となった
遠近両用のめがねは、数種類のレンズを組み合わせて作成するため
高価なのだと言うことである

7月10日にできあがって来るらしい
高価ではあったが、非常に納得し、よいものを買った気分で
早くめがねが来ないか待ち遠しい

IMG_1541.JPG
nice!(0)  コメント(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:健康

ホームページ作成 [Personal]

仕事で、新しく2件ホームページを立ち上げた
これまでは、MacOSで作成、アップロードしてきたが、
今回は、初めてWinで作成

ホームページ作成ソフトも進化しており簡単に作成可能となっている
自分のホームページはすでに10年以上も前から作成しているが
更新は全くしていなかった

しかし、最近のホームページ作成ソフトは
相互のリンク関係の作成が簡単で、自動で修正されるため
非常に便利である

しかし、新規作成ホームページのサーバーは
セキュリティが厳重なため
ホームページ作成ソフトで自動アップロードはできなかった
仕方なく、サーバーにアクセスして
各ファイルをサーバーに配置しなければならず大変

さらに失敗したのは
間違って、自分の従来のホームページを消してしまったこと
データはバックアップしてあるので心配ないのだが
これを契機に
自分のホームページもWinで作成してみた

非常に簡単に、比較的垢抜けたものができた

久しぶりに楽しく
ホームページ更新できました

しばらく、更新が頻回になりそうです
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:健康

24 hours in Texas [Personal]

最近、いろいろな研究会の立ち上げなどにかかわるため、ホームページをリニューアルした
これに伴い、私のホームページで好評であった出張報告を転載する

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

30, April 1:00 pm ~機上にて~

 機内食を終え、一段落。現在Dallas-Narita直行便 AA175便機上である。今から数時間前まで、わたくしが日本に帰れるかどうかもわからない状況にあった。こうして今は日本への機上に、一緒に困難を戦ってくれたDr YK, Prof JTと共にいるのはホッとすると同時に奇跡に近い幸運を神に感謝している。

 この報告は、いつ誰にふりかかってくるかわからない災難でもあるので、その対処法と顛末を記録する。


27, April 5:00 pm ~前兆~

 Dallas 滞在3日間、学会開会式、ポスター発表の掲示を終え、午後は市内散策。Dallasはあまり都会的ではなく、ややさびれた街。ホテルに戻り、自分のコンピュータでメールチェック、及び日本のニュースをチェック。インターネットのおかげで、世界中どこにいても日本のニュースを知ることが可能だ。夜は日本人参加者(約50名)の夕食会。それまでひと眠り。ホテルの廊下はガラス張りとなっていて通りすがりの人が時々こちらをのぞいている。同室のDr YKはすでに眠っている。いつの間にかわたくしもひと眠り。さて6:00 pmからの学会場の展望レストランでのディナーへ出発。

 ディナーパーティーは、イタリア料理。Dallasの市街地にはよいレストランがなく、ファーストフードで暮らしていたところ、ステーキまで堪能した。そして、会は盛会に終了。明日の夜は学会主催のパーティー。学会場で偶然再会したProf JTと、明日学会が終わったらProf JTの旧友の居るHoustonへドライブに行こうかと相談。9:00 pmにはホテルへ向かった。


27, April 9:15 pm ~勃発~

 ほろ酔い気分で我がホテルへ到着。明日の朝はゆっくりでいいかなあと思いながら4階の自室へ。自室のテラスを見ると私たちの部屋の手前で白人夫婦が立ちつくしている。なにやら異様な雰囲気。そのふたりの間を通過して自室前へ。

 Room No.437。ドア横のガラスが割られ、室内にあったコンピュータとバックが紛失。先ほどの白人夫婦がフロントを呼んだらしく、フロント係が到着。9時に窓ガラスが割れる音がして、白人夫婦が外にでると437号室に黒人が進入。物色中を発見。犯人は4階から階段で逃走。コンピュータと黒いバックを持って車で逃げ去ったとのこと。


 警官は2名。話を聞いて現場を確認して終了。レシートの様なポリスレポートに確認番号を記入され手渡された(後日これは大活躍; policeはvery important paperと表現!?)。レシート発行後、警官はいつの間にかいなくなる。Dr YKは事件現場の証拠写真を撮影。フロント係は別の部屋(なんと1階でさらに危険な感じ)を準備。明日、朝8時にホテルのジェネラルマネージャーが来るので話し合おうとのこと。コンピュータや財布は戻ってこないだろう。はたして日本に帰ることはできるのか………



27 April 10:30 pm  ~困惑~

 なんとしても帰国を。帰国予定は4月30日。2日弱の時間はあるが、明日は金曜日。週末になるので、明日中に手続きを完了しないと帰国は週明け。しかも日本はゴールデンウィークに突入。帰国はさらに延びる可能性も………

 病院・自宅に盗難にあいパスポート・航空券までとられ、いつ帰国できるか不明な旨を連絡。とにかく気をつけて安全な帰国をするようにとの返事をもらう。


27 April 11:00 pm ~始動~

 帰国のためにはパスポートと航空券が必須。私に残されたアイテムは外出用の財布(現金約100ドル、クレジットカード3枚、日本の運転免許証)ポリスレポート、携帯電話、アメリカ南部の観光ガイドブックとDr YK 。

 ガイドブックから日本大使館を調べる。ダラスにはなく、テキサス州にはヒューストンに領事館があった。ダラスから約400km。電話をしてみると、当然、留守番電話で、緊急連絡先に転送。領事館の係の方が対応してくれ、申請用写真2枚、ポリスレポート、身分証明書が必要と指示。詳しいことはFaxを送るとのことであった。パスポートがどのくらいで発行できるかは、自分は責任者でないので答えられないと返事。至極当然。模範解答。ホテルへファックスが届き、必要物品を確認。次いでクレジットカードの失効手続き。JCB, VISA, DCに電話(すべてガイドブックに電話番号ありました)。早急な対応をしてくれる。ついで、今回の出張手配をしてくれた旅行会社に電話。こちらは真夜中だが、日本は金曜日の午後。ギリギリで連絡がとれる。まずは、パスポートを再発行してもらうのが先決。当然。ヒューストンへ行って領事館でて手続きが必要。ホテルの手配と現地でのサポートは提携会社に指示。アメリカでの連絡先を聞く。航空券は新しい航空券を購入して帰国すれば、新規購入した航空運賃は保証してくれるとのこと。Dr YKより、明日、ヒューストンに行きましょうと心強い言葉。なぜか、国際免許証を持ってきていた彼の申し出。すまないけど、明朝バスで行くのでは間に合わない。レンタカーに問い合わせると学会場ホテルで7~9時頃から受付して貸し出してくれるとのこと。

 明日は7時起床として就寝。



28 April 3:00 am ~瞑想~

 Dr YKは疲れた様子で就寝。私は眠れるはずもなく。自分はいつ日本に帰れるのだろうか。もしかしたらヒューストンに長期滞在になるのか。泥棒に侵入されたのはわたくしたち帰室の数分前。もう少し早く帰ればよかったのか。いや、在室中の出来事あるいは最悪、就寝中のことであったらと考えるとぞっとする。命は助かり、だれもケガをしなかったのが不幸中の幸いなのであろう。事件のあった同じホテルで、恐怖と戦いながら、朝7時までの時間は遅々として進まず、数日を要した気分であった。


28 April 7:00 am ~再始動~

 Dr YKは7時に起床。前日、後半の学会行動を一緒にしましょうと約束していたProf JTに電話。事情を説明すると、最初は事の次第が理解できなく、そんなことあるのかという驚き、そして、もし役に立つならヒューストンまで同行していただけるとの申し出。即座にお言葉に甘え、ヒューストン同行をお願いした。私とDr YKはProf JTに状況説明のためホテルを訪問。私は盗難のあったホテルのマネージャーが8時に話があるとのことで、ひとり部屋に戻る。レンタカー会社は8時からで、手続きを終え車を入手。私は部屋でマネージャーを待つが来ず。8時半まで待って来ないので、フロントに抗議の後、ヒューストンへ出発。私、Dr YK, Prof JTでダラスを後にした。



28 April 9:00 am  ~失望~

車はほどなくフリーウエイに出て、ヒューストンへ向かう45号線を南下。市街地を過ぎると車線も減り車もまばらとなる。Dr YKも少し緊張が取れた様子。スピードも加速する。9時に日本領事館が開くので電話。手続きのため、ヒューストンに向かっている旨を知らせると、手続きは郵送でよい。発行の時に受け取りは本人が来る必要があるが、本日来ても、日本の外務省と連絡をとって手続きが必要。日本はもう土曜日なので手続きはできない。月曜ににできる可能性が70%前後。それ以降となると日本は連休になるので1週間は無理とのこと。ガイドブックの記載でも再発行には2~3日かかるとある。現在、週末であり、ゴールデンウィーク突入ということで仕方ないだろう。心を決めて、本日のヒューストンの宿3名分とそれ以降、パスポートができるまでの期間としてとりあえず2日間を1名分ホテルを確保。市街地の領事館へ徒歩で行ける範囲でホテルを確保できた。パスポート発行日がはっきりしない限り、航空券も手配できず。ゴールデンウィークとなればチケット入手困難となる。自分はヒューストンに何日滞在することになるのだろうか。


28 April 10:00 am ~かすかな光~

 フリーウエイを軽快に走行。領事館に早く到着するためスピードも100マイルを越える。平日なので大型トラック(コンボイ)が多く、一時、数台のコンボイに囲まれることも。3人とも朝から全く何も口にしていない。Dr YKは緊張して運転。私は、失望のあまり食欲はない。そんなとき、領事館から携帯電話に連絡あり。

 「もしかして、発行を急ぎますか?」

 勿論「はい!」

 「そうしたら、急いでいるという証明をしてください。いつ帰国予定でしたか?」

 「4月30日です」

 「航空券ありますかあ」

 「盗まれました」

 「残念ですねえ。4月30日の航空券があれば、緊急パスポートを発行できるかもしれません」

 「わかりました。なんとかします。」

 Prof JTは紛失証明すれば(ポリスレポート)再発行してもらえるでしょうと…目的地を領事館からヒューストン国際空港に変更………


28 April 12:00 pm ~航空券~

 ヒューストン国際空港に到着。ダラスから約350km。チケットカウンターへ。Prof JTと共に交渉。ポリスレポート、クレジットカード、運転免許証を出して、カウンターのおじさんをおだてつつ説明。ドイツ系らしい気のよいおじさん。「オーケー!俺なら再発行してあげられるよ!」と手数料100ドル取られたものの、再発行に成功。Dr YKも喜んでくれた。トイレ休憩の後領事館にむけて再出発。Prof JTのヒューストン在住の友人とも連絡が取れ、夕方落ち合うことに。心強い。航空券入手を領事館に連絡すると、昼休みであった。帰国の可能性が出てきたので、明日以降のヒューストンのホテル予約をキャンセル。とにかく、領事館に向かう。




28 April 2:00 pm

 ヒューストンはダラスとは比較にならない程都会。フリーウエイから市街地に出るのに苦戦の末(おかげでアストロドームやトヨタセンターなど横目で見ながら)、領事館に到着。領事館は1等地のビル23階。セキュリティーのためか、エレベータ2回乗り換えとエスカレータ1回乗り換え。ようやくたどりつくと係の人がよかったですねえ。なんとか発行できるかもしれませんよ。係員に証明写真を撮れるところを紹介してもらい、申請書をそろえて提出。発行に1時間くらいかかりますと言われ、その間、本日最初の食事をとりに街へ。4時で領事館は閉まるので近くのホテルで、ビールで乾杯の後、サンドイッチをお腹につめる。4時5分前に領事館に再来。もうすこし待ってくださいとのこと。しかし、4時丁度に領事館のドアはロックされた。本来はビールで祝杯などあげている場合では亡かったのかもしれない。反省。領事館でおとなしくまっているべきだったのであろう。いろいろあったが、4時半にはパスポート交付。航空券は入手済み。アメリカ入国証明を紛失したことは自分で出国審査で説明してくださいとのことであった。



8 April 5:00 pm ~休憩~

 ヒューストン ダブトゥリーホテル。Dr YKは400kmを荘はし、疲れ切って眠った。Prof JTは別室で休憩。私もそろそろ疲れが襲ってきた。昨日、ダラスの市内散策のあとの仮眠以来ずっと興奮して起きていた。なんとか日本に帰ることができそうだ。


28 April 6:00 pm ~その後~

 仮眠の後、ヒューストン在住Assistant Prof Fと合流。4人でAssistant Prof Fの病院を(敷地が広いので車で!)見学。その後、地元で有名なステーキハウスでフローズンマルガリータ、クラブケーキ、T-boneステーキ、ワイン、サラダの後、巨大なデザートまでたいらげ就寝。

 翌日はヒューストン市街にハリケーンが数個発生し、雷雨となった。しかし、ダラスでは田舎で買い物をできるところがなかったので、ヒューストンのガレリアに行き、朝食と買い物。昼にヒューストンを出発し、フリーウエイ45号を北上。一路、ダラスへ。Dr YKの軽快な運転。途中200km地点で休憩したのみで連日400kmを走破。襲撃のあったホテルはキャンセルし、Prof JTの部屋へ。夕食はホテルのメキシカン料理で疲れを癒し、Prof JTの部屋に3名宿泊。

 翌日は起床後、順調に空港へ。搭乗手続きでアメリカの入国証が無いことをきかれたが、天下のポリスレポートを出してno problem。飛行機は無事定刻出発。


 あと数時間で日本に到着。今回、奇跡的に予定通りに帰国できたのはDr YK, Prof JTのご協力によろものを思う。領事館の方々やツアー会社のサポートにも感謝します。


 さあ、もう少しで日本です。一時はあれだけ遠くに感じた日本はもうすごそこです。


AA175 便機内にて


安藤秀明

nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:健康

WiMAX [Personal]

このたび、新潟へ来るのに合わせて
ネット通信機器としてWiMAXを使用してみた
いつもは、ホテルに宿泊し、ネット接続可能なところを選んでいるので
問題ないのだが、実家ではネット接続できないので試用した

まだ、サービスエリア拡大中とのことであるが、秋田市・新潟市は利用可能である
電車のなかでも、サービスエリア内では問題ないが
エリア外では当然NG

新幹線内などで整備を望む

いいことばかりでなく
不便が一点

実家と職場で接続困難であった
しかし、窓際で通信できた
この通信は室内では電波が弱くなるところがあるようだ

わたくしの実験結果ではワンセグTVの電波が入りにくい場所と
一致しているような気がする

これからも実験を継続し
報告する
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

故郷散歩 [Personal]

ただいま、学会出張で新潟に滞在中

一昨年、13年ぶりに帰ってきたが、その時は昼に到着して、夕方から深夜まで同窓会
早朝(朝6時の新幹線)東京に出張ということで
ほとんど街並みを見ることができなかった

今回の学会は白山公園地域と朱鷺メッセというかなり離れた会場
わたくしの実家は、丁度その中間点に位置する

他の人々にとって、学会場が分散して離れているのは大変と思うが
わたくしにとっては、故郷の自分の通学路にあるので、散策がてらよい会である
あいにくの雨で満開の桜は今日一日でかなり散ってしまった様子

今朝は、雨の中、自分の小学校(白山小学校)近くの会場へ徒歩で向かう
同級生の家が数軒あったが
かなり街並みは変わり、マンションが点在している
カメラ片手に写真撮影
途中、自分の通った保育園もあり
変わらない様子に写真撮影
しかし、朝保育園に送りに来ている親からすれば
わたくしは、非常に怪しい存在

P4221661.JPG

さて、小学校は、建物は外壁は綺麗にされているが
建物自体は全く変わっていない

P4221666.JPG

小学校の頃は道草しながら通ったが
10分もかからず到着
約35年ぶり

学会では「がんワクチン治療」のセッションを聴き
自分の発表ポスター貼付のため朱鷺メッセへ向かう
新潟で変貌したのは、この信濃川の川端であろう
ヨットが停泊していたり

P4221683.JPG

川岸は綺麗に芝生が整備され
さくらもたくさん植えられている
以前は、雑草が背高く茂り、2度ほど川に落ちたことがある

現在は、わたくしの遊び場かつ昆虫採取の場であった草むらの川岸にはマンションが建ち並び
水の都といった感じである

P4221694.JPG

朱鷺メッセからの景色は、さらにその景観が整備されている
さすが、政令指定都市である

故郷の変貌と変わらないところ
いろいろ考えさせられた、散歩であった

学会発表は大腸癌化学療法の話
特に問題なく終了し
評議員会も無事終えて
徒歩にて実家へ
母の準備した夕食を食べ
あっという間に寝てしまった

P4221672.JPG

今日は、結構歩いた
タグ:故郷 新潟
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

坂の上の雲 [Personal]

年末に「坂の上の雲」というドラマをNHKでやっていた
言わずと知れた司馬遼太郎の代表作
政治家の皆さんの多くが読まれているという

簡単に説明すれば、鎖国政策で近代化に遅れた日本が、近代列強国に侵略されないように
坂の上の雲を目指してがんばったというもの

NHKで放映直後の感想は、ひとつのことに集中して情熱を燃やせるのは
それが正しい道かどうかにかかわらず
当人にとっては幸せなことだなあと思った

いまでもそう思っているのは変わりないが

「幸福」について考えるとまた違った解釈が浮かんだ

近年、いわゆる「バブル崩壊後」は、経済成長や生活環境も
これまで、右肩上がりで上昇していたのが、頭打ち~下落の状況である

バブル以前は、より高い地位、より多い収入を目指して坂の上の雲をめざしてきた
それが、目標であり、そこに幸福を見出していた

しかし、バブル崩壊後はそれを望むのは難しい
「そんな弱音を吐くから、うまくいかない!」
という意見もあるであろう

しかし、大多数は今後の上昇よりは現状維持さえも困難な現実である

今年、成人式を迎えた若者達は
バブル景気を知らない
だから、彼らの希望や目標は右肩上がりではなく
わたくしたちの年代とは全く異なった基準で幸福や充実感を感じているのではないか

平和~変化のないゆったりした空間~現状の保障~
自分の思っている価値観
よりよい地位、財産、環境を求める考え方は時代に即してないのかも知れない

このあたりが世代のギャップなのであろうか

個人的な事情であるが、
今年は、年男であり
他の世代との環境の違いから来る
ギャップについても考え、生きてゆこうと思う

2725762

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:健康

年頭の挨拶 [Personal]

昨年は、大変お世話になりました

昨年からは専門分野にとらわれず
多面的アプローチとチーム医療に力をいれてきました
今年は、チーム医療・地域連携における役割分担をテーマに、多くの方々と漫然と集まって考えるのではなく
自分の役割は何かを考えながら
仕事を進めてゆきたいと考えております

今年もよろしくお願いいたします

1977725

幾多の苦難を寸前でかわす 神懸かり的出張 [Personal]

先日、学術講演で静岡へ一泊二日で行ってきた

これまで、秋田は例年になく暖かく
積雪も少なく何の心配もなかった

しかし、前日から秋田は雪が降り続き
わたくしが予約していた飛行機は秋田に到着することができず
前日にすでに1時間遅れとなっていた
この情報を得て
1便早い便にした
とはいても、田舎の空港なので、3時間も早い出発となった

だが、この飛行機も30分ほど遅れ、
危ないことに、もともとわたくしが予約していた飛行機は欠航となっていた
羽田空港から品川を経由して静岡までは順調であった

講演も無事終わり
終了後、美味しい静岡のお刺身をいただき
その後、なんと2年前に訪れた小料理屋に再入店

なぜか、店の女将も覚えていた(別に悪いことや目立ったことしたわけではないのだけど)
前回訪問した後、かなり酔っぱらってからの訪問だったので
一緒に行った仲間と
二度と行けないお店だね
と、幻の小料理屋的存在であった

意気揚々と静岡の夜を満喫したが
翌日は6時22分の始発で羽田空港へ向かう
途中、東海道線で人身事故があり、
品川で京急に乗り換えるが、
振り替え利用客が多く
わたくしが入った途端
京急品川駅は入場規制され
入れなくなる!!

ようやく、羽田空港に到着すると
日本海側は天候悪く、秋田から引き返すこともありますとのアナウンス
秋田上空は吹雪模様であったが
レーダーと空港職員の懸命な除雪作業により
なんとか秋田に帰ってくることができました

と、ひと安心

しかし、翌日の朝のニュースで
昨日過ごしていた静岡で震度4の地震発生
それも朝5時!

人生はまだまだスリリングなことで一杯

わたくしは、運がよいのでしょうか?、悪いのでしょうか?

3420638

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:健康
前の10件 | - Personal ブログトップ
食べログ グルメブログランキング

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。